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東京地方裁判所 平成5年(ワ)17688号 判決 1994年11月25日

主文

一  被告らは連帯して、原告らそれぞれに対し、各金一一一七万九九二〇円及びこれらに対する平成四年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一、三項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告らは連帯して、原告石黒銀矢に対し金二三六七万一四六八円及び原告石黒文矢に対し金二三六七万一四六七円並びにこれらに対する平成四年六月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び証拠によつて容易に認定しうる事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成四年六月二日午前八時五二分ころ

(二) 場所 東京都豊島区南長崎五丁目一九番九号先路上(以下「本件現場」という。)。

(三) 態様 被告塚本順(以下「被告塚本」という。)は、本件現場付近を、被告有限会社三幸サービス(以下「被告会社」という。)所有の普通貨物自動車(登録番号「練馬四六に五七五〇」、以下「被告車」という。)を運転して進行してきたところ、その前方を歩行中であつた訴外石黒りき(以下「亡りき」という。)に、被告車を衝突させた。

その結果、亡りきは平成四年八月九日死亡した。

2  責任

被告塚本は、被告車を運転する際、前方を注視して進行する注意義務があるのにこれを怠り、漫然進行した過失により本件事故を惹き起こしたから民法七〇九条に基づき、被告会社は、被告塚本を雇用し、業務の執行として被告車を運転させていたから民法七一五条に基づき、また、本件事故当時、被告車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していたから自賠法三条に基づき、それぞれ本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  相続

原告石黒銀矢及び同石黒文矢は、亡りきの子であり、同女の死亡により、その権利を法定相続分に応じて相続した。

4  損害の填補

原告らは、被告会社から治療費八一万七八五〇円、看護費用四九万三二二四円、諸雑費五万九二〇〇円の合計一三七万〇二七四円を受領している。

二  争点

1  過失相殺

被告らは、本件現場付近は、狭い脇道と交通量が多く広い通りが交差する変形交差点であるから、亡りきとしても、右交差点を横断するに際し、右方の安全を十分確認し、かつ、真つ直ぐ横断すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、右交差点を斜めに横断しようとした過失により、被告塚本は、亡りきの横断に気付くのが遅れたのであるから、亡りきの損害の少なくとも二〇パーセントを減ずるべきであると主張し、原告はこれを争う。

2  損害

原告らは、本件事故に基づく損害として、<1>入院雑費、<2>入院付添費、<3>葬儀費用、<4>交通費、<5>医師・付添人への謝礼、<6>遺体搬送費、<7>逸失利益、<8>慰謝料、<9>弁護士費用を主張し、被告らは、その額及び相当性を争う。

第三  争点に対する判断

一  本件事故態様

1  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件現場付近は、別紙図面のとおり、車道幅員約四・九六メートル、アスファルト舗装され、直線で見通しはよく、平坦な、両側に幅員約一・三メートルの路側帯のある通商大和田通り(以下「大和田通り」という。)で、交通規制は、山手通り方面から千川通り方面へ向けての一方通行となつており、速度制限は最高速度時速三〇キロメートルである。大和田通りは、本件現場付近で、千川通り方面に左側が幅員約二・七七メートルのアスファルト舗装された歩行者用道路(以下「左方路地」という。)と交差し、同右側は、幅員約二・三メートルのアスファルト舗装された歩行者用道路(以下「右方路地」という。)と交差している。両歩行者用道路は、若干ずれて大和田通りと交差しており、本件現場は、変形交差点となつている。大和田通りの両側は商店、病院などが並び商店街を形成しており、日中相当数の歩行者が通行している。

(二) 被告塚本は、被告車を運転し、大和田通りを山手通り方面から千川通り方面に向けて時速約三〇キロメートルで走行中、別紙図面<1>の地点で、左方路地から大和田通りへ向かつて歩行する亡りきに気付いた。被告車が同図面<2>の地点に至つたとき、被告塚本は、同図面<イ>の地点に亡りきが歩行しているのを認識していたが、亡りきが立ち止まる様子もなく歩行を続けたので、大和田通りを千川通りへ向けて進行するものと考え、徐行することなく、亡りきから目を離し進行したところ、同図面<5>の地点に至り、大和田通りを右方路地に向けて横断している亡りきを同図面<ウ>の地点に発見し、危険を感じて急制動の措置を採つたが間に合わず、<×>地点で被告車を亡りきに衝突させた。

2  以上の事実によれば、人通りの多い商店街の比較的狭い通りを進行するに際し、運転者としては、十分減速した上、歩行者の動静に注意しながら進行する注意義務があるにもかかわらず、被告塚本は、これを怠り、本件事故当時七九歳であつた亡りきを発見しながら、大和田通りを横断しないものと軽信し、その動静に注意せず、漫然時速約三〇キロメートルで進行した過失はきわめて大きいといわなければならない。被告らは、亡りきが大和田通りを斜めに横断しようとしたから、発見が遅れた旨主張するけれども、右側路地と左側路地は若干ずれており、本件現場となつた交差点は変形交差点となつていることに照らせば、大和田通りを若干斜めに横断する歩行者がいることは容易に予測できるところであるし、被告塚本は、別紙図面<イ>の地点の亡りきを見た後、明らかに亡りきから目を離していることからすれば、この点に関する亡りきの落ち度は問題とならない。

しかし、他方、亡りきとしても、大和田通りを横断する際、別紙図面の<イ>の地点付近で左右の安全を十分に確認していれば、進行方向右三〇メートル余り離れた地点の被告車を発見することができ、本件事故を回避することが可能であつたというべきであるから、若干の過失があつたことは否定できない。

右の被告塚本と亡りきの各過失を比較すると、本件事故により亡りきに発生した損害の五パーセントを減ずるのが相当である。

二  亡りきの損害

1  入院雑費 二万三六〇〇円

(請求 八万二八〇〇円)

入院雑費について、当事者間に争いはなく、このうち、五万九二〇〇円は、被告会社において支払済みであるので、右のとおり認められる。

2  入院付添費 二〇万一一三〇円

(請求 四六万一一三〇円)

《証拠略》によれば、亡りきは、本件事故に遭つた平成四年六月二日から死亡した同年八月九日まで意識不明の重篤な状態のまま入院し、この間家族が付き添つたこと、平成四年六月一九日から同年八月九日までは、職業家政婦の付添看護を受けたこと、右付添看護費用のうち、平成四年七月三一日分までは、被告会社において既払となつていること、同年八月一日から同月七日までの付添看護費用として一一万六一三〇円を要したことがそれぞれ認められる。右の亡りきの重篤な症状に照らせば、近親者の付添いは必要であつたというべきであるが、平成四年六月一九日からは、職業付添人の看護を受けているので、近親者の付添いは、平成四年六月二日から同月一八日までの一七日間、一日当たり五〇〇〇円を認めるのが相当であり、また、職業付添人に要した費用として一一万六一三〇円が未払いであるから、右のとおりの額となる。

3  葬儀費用 一二〇万〇〇〇〇円

(請求 一五一万八八一八円)

《証拠略》によれば、亡りきの葬儀費用として一五一万八八一八円を要したことが認められ、このうち、被告らが賠償すべき額としては一二〇万円が相当であると認められる。

4  交通費 認められない

(請求 一四万〇一七〇円)

原告らが請求する交通費は、入院中の亡りきに家族が付き添うために、要した費用であるところ、近親者付添費として2に含まれるもので別途認めることはできない。

5  医師、付添人への謝礼 認められない

(請求 七万円)

医師、付添人への謝礼は、本件事故と相当因果関係を有する損害ということはできないから、認めることはできない。

6  遺体搬送費 二万三六九〇円

(請求 同額)

遺体搬送費について、当事者間に争いはなく、右のとおり認められる。

7  逸失利益 一〇五万五一一一円

(請求 二一四三万六三二七円)

(一) 《証拠略》によれば、亡りきは、本件事故当時、七九歳のほぼ健康な女性であり、昭和六三年に夫が死亡して以来独居しており、生計は、年間三七万一一〇〇円の国民年金法に基づく老齢基礎年金及び年間一四七万五七〇〇円の厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金のほか預貯金の利息で賄つており、就労はしていなかつたことが認められる。

(二) そして、原告らは、逸失利益について、右の各年金に加え賃金センサスの当該年齢の平均年収を基礎として算定すべきものと主張するけれども、亡りきは長期にわたり就労していなかつたこと、本件事故当時七九歳であつたこと、就労しなくても生計を賄えたことなどの事情に照らせば、本件事故に遭わなければ、亡りきが賃金センサスの当該年齢の平均年収を得ることができたとの蓋然性を認めることはできず、その算定は、実際の収入を基礎とすべきである。

(三) ところで、亡りきが生前得ていたのは前記各年金であるところ、これらを逸失利益として請求できるかどうかについて、当事者間に争いがあるので、この点について検討する。

ます、老齢基礎年金は、当該受給権者に対して損失補償ないし生活保障を与えることを目的とするものであるとともに、その者の収入に依存している家族に対する関係においても、同一の機能を営むものと認められるから、他人の不法行為により死亡した者の得べかりし同年金は、その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得し、加害者に対してその賠償を請求することができるものと解するのが相当である(最高裁平成五年九月二一日第三小法廷判決)。

しかし、遺族厚生年金は、老齢基礎年金などと異なり、遺族年金受給者の死亡によりさらにその遺族としての年金の受給権が法律上認められておらず、老齢基礎年金に比較し、一層社会保障的性格や一身専属性が強いばかりでなく、当該受給権者の死亡以外にも婚姻によつて消滅するなど、その存続自体に不確実性が伴うことなどに照らせば、その逸失利益性を否定するのが相当である。

(四) したがつて、亡りきの逸失利益を算定するにあたり、年間三七万一一〇〇円の老齢基礎年金の額を基礎とし、生活費控除率は、同年金が生活保障としての性質を有し、生活費の割合が大きいことが容易に推認できるので、六〇パーセントとするのが相当である。また、期間について、平成三年度簡易生命表によれば、七九歳の女性の平均余命は、九・四三歳であるから、亡りきは、本件事故に遭わなければ、少なくとも九年間は同年金を受給することができたものと推認することができる。そこで、中間利息をランプニッツ方式(九年に相当するライプニッツ係数は、七・一〇八である。)により控除して本件事故当時の逸失利益の現価を計算すると、次のとおりとなる(円未満切捨)。

371、100×(1--0・6)×7・108=1、055、111

8  慰謝料 一九〇〇万〇〇〇〇円

(請求 入院分 一〇四万円、死亡分二〇〇〇万円)

本件事故に遭つた際、亡りきが被つた恐怖、苦痛及び前認定のとおり死亡に至るまでの六九日間意識不明の重篤な症状が続いたまま入院を余儀なくされたこと、本件事故に遭うまで健康で、成長した息子や孫にも恵まれ、また友人たちと旅行を楽しむなどして過ごしていた生活が一瞬にして奪われた無念さ、その他事故の状況等諸般の事情を総合的に考慮すると、入院慰謝料として一〇〇万円、死亡慰謝料として一八〇〇万円が相当と認める。

9  損害合計 二二八七万三八〇五円

本件事故により亡りきが被つた損害は、右1ないし8の合計二一五〇万三五三一円及び既に被告会社によつて填補されている治療費八一万七八五〇円、看護費用四九万三二二四円、諸雑費五万九二〇〇円であり、その合計は右のとおりである。

10  逸失利益・既払金の控除 二〇三五万九八四〇円

前認定のとおり亡りきの損害の五パーセントを控除すると、二一七三万〇一一四円(円未満切捨て)となり、既払金一三七万〇二七四円を控除した残金は、右のとおりである。

三  原告らの相続後の各取得額 各一〇一七万九九二〇円

原告らは、前記のとおり相続分は各二分の一であるから、相続によつて取得する額は、原告ら各自右のとおりの額となる。

四  弁護士費用 各一〇〇万〇〇〇〇円

本件訴訟の経緯等に鑑み、弁護士費用は、原告ら各自右額が相当である。

五  合計 各一一一七万九九二〇円

六  以上の次第で、原告らの本訴請求は、前記五記載の金額及びこれらに対する不法行為の日である平成四年六月二日から支払済みである民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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